沿革 ファストコムの歩み

創業

「制作から運用までをプロデュースする」と、代表・小林栄治が創業。インターネット全般のトータルソリューション事業を開始。当時は個人事業としてのスタートだった。

物販店舗の販売代行店舗ソリューション事業部

インターネットサービス提案で一方的な企画にならないよう、「物販店舗の販売代行店舗ソリューション事業部」を開始。
「今となってはレジェンド事業になってしまいました」と、小林。

株式法人化

店舗ソリューション事業で培ったサービスの本質を活かし、独自のインターネットソリューションサービス商材の開発を行う。

店舗ソリューション事業の担当店舗数が10店舗、スタッフが30人を超える。

現・ニッポン手仕事図鑑ディレクターの大牧圭吾が入社。

大牧監修のもと、フリーペーパーの媒体を作成。この頃から、小林と大牧の間ではオウンドメディアのプロデュースをする事業に関しての構想をすり合わせることが多くなる。

また、主事業のインターネットソリューション事業により本腰を入れるため、店舗ソリューション事業の縮小を行う。
小林曰く「そろそろ、本業よりこっちに時間とるのはマズいなと思ったんで」

映像制作事業部がスタート。

大牧がディレクション、当時入社したビデオグラファーの小林良也が制作を担当する。

セイコーホールディングスの「”わ”で奏でる東日本応援コンサート」の動画制作案件が決定。

大牧「前職の広告代理店でのつながりでいただいた仕事ですが、事業部発足の第一弾の仕事がこれだったのは非常に強運だったと思います。良也の強みが存分に活かせる仕事だと確信はしていましたよ」

北海道北見市のPR動画を制作。小林と大牧が構想する地方創生に対する具体的な案件となる。

この頃から、大牧は小林に対して自社メディアの必要性を訴えかける。
大牧「これが、ニッポン手仕事図鑑の第一歩だったんです。北見の仕事をやって、地場産業を映像で残し後世に伝えるという選択肢は、もはや僕らのライフワークにすべきだという手ごたえがありまして」

一方、小林は会社の方向性を模索し始めていた。
小林「オウンドメディアは絶対的に必要だと感じていました。が、当時の会社の体力では、そこへ投資することは悩ましいところで、なかなか決められなかった。社員のみんなとも週一回の会議を繰り返し、何が大事なのかを考える日々でした」

セイコーホールディングス「”わ”で奏でる東日本応援コンサート」リリース

これにより、動画案件が数多く入ってくるようになり、映像事業部の仕事も増えてくる。

建助事業部部長 三浦龍徳入社

不動産企画事業を行っていた三浦が経験を活かし、短期駐車場手配事業をスタートさせる。

小林「あとで建築業界の人から聞いたんですけれど、本当に画期的なサービスだったそうなんです」

三浦「ありそうでなかったサービスを実行しましたからねえ。いわゆる、かゆいところに手が届くような」

また、ニッポン手仕事図鑑の構想も具体的になりつつある。

小林「映像をやることでweb制作事業はバランスがとれなくなるかという懸念は続いていました。しかし、社員のみんながやりたいと言ってくれた。その思いは汲まなければいけないと思いましたね。」

自社動画メディア「ニッポン手仕事図鑑」開始

大牧「小林社長は社員の意見を汲み取る形で、オウンドメディアの制作にGOを出しました。“やっぱり、ライフワークをやるべきだよね”と、それは相当強い覚悟を持って言ってくれたのだと思います。私は、事業としてこれを成功させないといけないと感じました」

ニッポン手仕事図鑑がものづくり補助金に採択される

大牧「スタートから半年で国が応援してくれる事業になったことで、この事業は会社を象徴するものになりました。それこそ、名刺代わりに使えば仕事がとれてしまうほどのプレゼンテーションツールに」

小林「私は、社員のモチベーションを高めるための投資として始めたものでしたが、大牧はしっかりと事業として成り立たせてくれた。結果的に、私の目的も果たせましたし、事業は予想を超える結果をもたらしてくれました」

短期駐車場手配事業部、建助事業部に名を変える。

三浦「今までは、駐車場事業部のみ続けてきましたが、建築現場においての困りごとはもっと多くあるはず。小林社長からも、“木を見るより森を見るべし”とお言葉をいただき、建築現場のトータルサポートをする事業に生まれ変わったのです」

秋田県鹿角市の地方自治体コンペの初勝利

鹿角市の移住促進のドキュメンタリー映像の制作が決定。これがのちの鹿角オフィス開設への布石と地方創生の足掛かりになる。

麻布十番オフィスを開設

宅建取得。不動産事業を本格的にスタート

3月の時点での建助事業部はアシスタントを含めて5人だったが、9月には12人に増える。

世田谷クリエイティブオフィス開設

建助事業部、名古屋を中心とした東海エリアへ進出。
三浦「ゆくゆくは関東、東海のみならず、全国に建助を増やしたいですね」

秋田県鹿角市の雇用促進ドキュメンタリー動画リリース

大牧 「3週間滞在し、街の人とのコミュニケーションをとりながら撮影しました。ここでの活動で、後の誘致につながったのだと思います」

建助事業部に課がつくられる

小林「駐車場事業課、不動産事業課、サービス課の3つをわけることによって正式に建助事業部内で組織としての機能が明確になりました」

名古屋オフィスが開設

世田谷オフィスが拡張

秋田県鹿角市からの誘致で鹿角オフィスが開設。

大牧著「子どものためのニッポン手仕事図鑑」が刊行される。

建助事業部18人に増員